2015年10月23日

鉄道ジャーナル(RJ)2015年12月号

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ああ、また発売日に更新できなかった…orz
最近の巡り合わせで、鉄道ジャーナルの発売日頃に、その次の号の原稿を一所懸命書いておりますので…(言い訳)

今月の特集は「最終段階の国鉄型車両」で、僕は伯備線〜山陰本線ルートの381系特急「やくも」と、115系、EF64牽引の貨物列車のルポを書いております。
伯備線の「やくも」といえば僕は、キハ181系で運転を開始した直後に乗って以来(確か、幼稚園の卒業式翌日)。
間違いなく、在来線特急最多乗車回数を誇る(?)列車であります。

★鉄道ジャーナル公式サイト


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2015年10月10日

鉄道フェスティバル

今日は恒例、日比谷公園で開かれている(明日11日まで)、「鉄道フェスティバル」へ出かけてきました。その前に、午前中は取材を1本。お昼ご飯は「千秋はなれ」で鯖味噌定食(笑)鉄道フェスティバルでは、とあるミッション?を遂行していたので、グッズを買う暇がありませんでしたけど、散財せずに済んだとも言います…(^_^;)

Posted by 土屋 武之 on 2015年10月10日



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2015年10月08日

なるにはBOOKS「鉄道員になるには」

11月に、僕が執筆した新刊が発売されます。鉄道員になるためには、どのような道があるのか?なるにはBOOKSシリーズの最新刊「鉄道員になるには」です。

Posted by 土屋 武之 on 2015年10月8日



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2015年10月07日

シアターキューブリック「ことでんスリーナイン」〜一宮駅の時間断層

2015年9月23日(水・祝)。「第2便」で観劇。


ことでんスリーナイン.jpg



演劇評論って。もちろん映画でも美術でも音楽でも同じことなんですが。
あらすじを紹介して、面白かった、つまらなかったって感想を言うものとは思っちゃいません。芝居を見て、自分がどういうインスピレーションを感じたか。それを文章で表現することであって、いわば二次創作に近いものじゃないかなあ、なんて思っています。
大昔、大学で「これが演劇評論だ」と習いました。たぶん、そういうことなんだろうって理解しています。山崎先生、間違っていたらごめんなさい。

「ローカル鉄道演劇」! 僕以外の誰得なのでしょうか(笑)
演劇と鉄道を、まるで左右2本のレールのようにして生きてきた僕。

走る列車、つまりは生きている鉄道のなかで演じられる演劇。つまりはどういうことなんでしょうかね?
演劇はふつう、劇場で演じられるものと相場が決まっています。劇場とは非日常空間です。
それをわざわざ、公共交通機関イコール日常の世界に引っ張り出すとは、なんとも大胆な。

シアターキューブリックのローカル鉄道演劇は、ふつうにお客さんを乗せて走っている定期列車の合間を縫って、貸切の臨時列車を走らせて演じられます。
非日常であるのは、臨時であることぐらい。まさに時に臨んで走る劇場、いや列車。
同じ舞台の上で場面が展開していくんじゃない。劇場の方が次々に、時間と空間で形作られた場面の中を動くんですもの。前代未聞です。思いついた人は天才。

走る列車は、時間と空間の中を進んでいます。 列車ダイヤは、縦軸に距離すなわち空間、横軸にはそのものズバリ時間が取られています。そこへ上り下りの列車の「スジ」が、まさに縦横に引かれています。まるで、無数の人生のように。

無論、ふつうに列車に乗客として乗っている限り、時間と空間の進み方は日常生活と同じです。他の人と同じだけ時間が進み、空間が動きます。
これを、日常の時間の流れから切り離し、遠く離れた空間へ飛ばしてしまえるのが、演劇の力なんだなあ……

演劇の世界に観客として入り込んでしまえば。
今を過ごしている時間から、過去にも未来にも自在に旅ができます。
列車の内外に流れている空間が、あら不思議。自在に転換していきます。

走る「ことでんスリーナイン」号の中に流れていた時間も空間も、大いに歪められました。

ただ、劇場なら、時間や空間を歪めることは、さほど難しくありません。装置(大道具)や照明、衣装などの助けも借りて、俳優たちは物語を展開していきます。
今はどんな時間の中にあって、こんな空間の中にあるということを、示しつつ。
現代劇であっても時代劇であっても、観客と舞台上との共通認識を作りつつ。

しかし、列車は定められたレールの上を走るだけ。
臨時列車といえども、もちろん事前に決められた時刻に従って、運転士が走らせているだけです。

どうやって、時間と空間を歪めたか?
僕は歴史の力を借りたのではないかと感じました。
ここでは、そのお話をします。

この作品は、簡単に言うと、ことでん(高松琴平電気鉄道)琴平線の沿線で生まれた三姉妹が、母が亡くなったことをきっかけに、20年ぶりに故郷へ帰る物語です。
そこへ、三女が生まれる前に亡くなった父親とおぼしき人物。その父と近かった人々。そして列車を掌る車掌がからみます。

三女は1994年の生まれ、21歳。
次女は、横綱白鵬(1985年生まれ)の1つ下という台詞が出てきますから、1986年生まれ。29歳。
長女は、次女の3才上だそうですから、1983年生まれ、32歳ということになります。
長女、次女と三女との間には、割合大きな年の差があります。

「ことでんスリーナイン」が演じられた臨時列車に一緒に乗っていて、この三人の生年が、かなり大きな意味を持っているような気がしました。

往路。
列車は仏生山駅を出て、20年前にはなかった空港通り駅(2006年に新設)を過ぎます。そのことが、20年前を知る長女と次女の間で語られます。三女は、「初めてのふるさと」に戸惑い気味です。

次が一宮駅。
ここが、具体的には三姉妹が生まれた土地です。
父親が亡くなった経緯から、その妻、つまり三姉妹の母は娘たちを連れ、故郷を捨てて、どこか遠い町へと去りました。

一宮。
そうか。一宮か。

鉄道に生きる人間ならば。ここで何かが心の中で動かなければならないはずです。
それは僕の義務のようにすら思いました。
ことでん沿線に生まれ育った人ならば、嗚呼、なるほど…と思い当たってもいいはずです。
帰宅後、調べてみれば、ここで感じた何かは、正解でした。

一宮駅から、物語は大きく展開していきます。
言い換えれば、時間と空間、なかんずく時間が大きく歪みます。

2015年のはずだった舞台は、1993年へと転換します。
長女は10歳。次女は7歳。三女はまだ母親のお腹の中。
三女だけ、その転換から取り残されます。

なぜ、このような転換が起きたのか?
起きたのだからしょうがない、と言うことは簡単です。

では、なぜ一宮なのか?
物語の上で、一宮駅で時間の歪みが起こったのは、必然だったはずです。

1987年、長女4歳、次女1歳の時。
具体的には4月7日。

一宮駅は、移転しているのです。

長女は物心ついていたでしょうから、元の一宮駅を覚えているかもしれません。
次女は無理ですね。記憶にはないでしょう。

でも、20年ぶりの帰郷の時。三女が「ここが私たちの家があったとこ」と教えられた一宮駅は、実は長女と次女が生まれた時の一宮駅ではありません。
姉たちにとっては故郷であって、故郷ではないのです。

妹は姉たちの言葉を信じました。
そこに、長女次女と三女との空間的な断層が生じました。
それが時間的な断層をも呼び起こした……と気づいた時、僕はストンと、この物語全体が腑に落ちました。

一宮駅が移転した距離は370mほどと言います。大人になった今では、大した移動ではないかもしれません。
けれど、小さな子供にとってはとてつもない遠さに感じるでしょう。

でも、姉たちは、それを知っていたはずです。
今の一宮駅が、昔懐かしい故郷とは違ってしまっていることを示唆する台詞に、いくつか思い当たります。
三人が生まれた家が、今の一宮駅ではなく、昔の一宮駅の方の近くだとしたら……

そして、三女についた「ここが故郷の駅」という、小さな「嘘」から、亀裂が生じはじめたとしたら……亡き父とおぼしき人物は、それを危ぶみ、現れたのかも……

高松築港や仏生山方面から、列車が一宮駅に到着するとき。単線の線路が、元の一宮駅があった場所で2本に分かれ、駅に着くのかな?と思っても、なかなかホームが現れず。
しばらく走ってから、ようやく今の一宮駅に着きます。

往路、復路それぞれ約30分ずつ、計1時間ほどの作品から、思うところはいろいろありましたが、僕としては、往路の一宮駅での「断層」が、観劇後の余韻も含めて、いちばん印象に残っています。

往路の断層の始まりがあってはじめて、復路の一宮駅での父との別れが、クライマックスとして、より心に響いたとも言えます。
線路が分かれたところから始まった三人の間の断層は、復路、ふたたび線路が一つになるところで、父に見守られつつ、無事に元へと戻るのです……

仏生山〜滝宮往復という小さな旅からは、20年分の時間と、人の心という無限の空間を感じました。
列車という舞台あればこそです。

演劇と鉄道を、ともに見守り続けてきた自分の人生にも、何か意味があったのかな。


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2015年10月04日

「山陰駅旅」

山陰駅旅.jpg

地方出版の書籍ですが、巻頭の一文を寄稿しております。

確かに出版の本場は東京ですが、「地方出版」という言い方、好きじゃないけど。

10月2日より、島根、鳥取では店頭に並んでいるとのことです。
Amazonでも購入可能。

「山陰駅旅」(今井印刷・2000円)
http://imai-printing.blogspot.jp/2015/09/blog-post_30.html


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